葛藤
「また、送信する前に消してるし…。どうせ消すならそもそも書かなきゃいいのに」
「でも、実際に文字に起こしてみないと、相手にどうやって伝わるのかとか想像できないし、どんなリズムで読まれるかとか、体感的に長文に感じてないかとか、いろいろチェックが必要なんだよ」
「でも、結局、『ありがとうございます』『よろしくお願いします』『すみません』に落ち着くんだろ?物足りないかなと思いながらも、無害で無難な常套句でいいやって投げ出すわけだ」
「しょうがないだろ、チャレンジはしてるんだよ。でも、変に自分流というか、自分の言葉にしてしまうのが怖いんだよ。お前はこういう言葉を使うやつなんだって思われるよりかは、まだ心を開いてもらっていないだけ、と思われていた方がまだマシだ」
「まあ、初対面でいきなりよろ乳首とは言えないし、ある程度語彙が縛られるのは否めないんだろうけどさ。それで、お前はいつになったらその心ってやつを開いていくわけ?」
「少なくともTwitterは無理。噂話はすぐに広まるし、フォロー外の人にも伝播するから。ラインとかの個人的なやりとりも無理。相手がテンション高くびっくりびっくり!って感じだったらそのテンションには合わせるけどさ」
「だから、どこでとかは聞いてないんだよ。いつ、お前はお前の言葉を喋る気になるんだって言ってんの。質問の意味わかんなかった?」
「わかってるよ。うるさいな。そんなのわかんないよ。だってもう、どれが自分の言葉なんて分かんないもん。とりあえずごめんなさいして、とりあえずお疲れ様ですして、とりあえずよろしくしてきたわけだし、今更自分の言葉を探す方が難しい」
「嘘つけって。だってお前、送信はしてないけど、文章には起こしてるわけだろ?だったらそれはもう自分の言葉だって言えるんじゃないの?」
「それは…」
「目を逸らすなよ。分かんないとか、今は無理とか、そのうちとか言ってないでちゃんと向き合ったらどうだ?」
「向き合うって何にだよ」
「なりたい自分について、だよ」
「なりたい自分?」
「結論から言って、お前が自分の言葉を喋らずに無難な言葉しか喋れなくなったのは、なりたい自分を失ったからだ。人からこう思われたい、自分はこうありたいというイメージがないと、自分を決定づける言葉を吐けないからな。お前が優しくありたいなら、労いの言葉を多くいうし、人間関係に煩わされたくないと願うなら、あえて淡白な言葉を選ぶはずなんだ。でもお前は選ばない。あるいは選び取ってもそれを見せるのが怖い。言葉を表に出すことで、なりたいかどうかもわからない自分という存在が、他人に決定づけられてしまうから」
「わかったようなこと言わないでよ」
「じゃあ、お前の考えを聞こうか?」
「……今は考えたくない。そういう時期があってもいいだろ。世の中逃げた人間なんて山ほどいるし、逃げるは恥だが役にも立つんだろ?そのうち時期がきたらきっと焦り出してなんとかしようとして、未来の自分が頑張ってくれるよ。昔は不登校でしたみたいな美談なんて腐る程あるんだし、その時の経験が役に立ったとかも聞くだろ」
「もう焦ってるから、お前の前に俺が現れたんだよ。何回夢に見た?何回似たような文章を書こうとした?人に言っても変わらない、アドバイスといいつつ誰かから責められるような言葉を言われたくはない。理解されようともしたくない。そんな弱虫の逃げ虫だから俺が俺の相談に乗ってやってるんだろうが」
「うるさいな、もういいから寝かせてよ。スマホは閉じた。今日はもうメッセージは考えない、だからこの話は終わり」
「…おい、待て!」
「............」